料理が好きなひとって、脳の構造が違うんだなと最近思う。
母を見ていて思うんだけど、する必要があるとかないのレベルではなく、あれこれ考えてつくるのが実は楽しそう。
とりあえず明日はうちでGP(餃子パーティー)なので皮からつくっているのですがその準備と、今日だって煮た穴子(ご飯にのせて食べる)とシチューとほうれん草を薄焼き卵でくるんだものと、ミミガーを何度もゆがいたものをつくって出かけて行きました。
つくりすぎな気も…
きっと私がどこをどうしようと考えてするのが楽しくて掃除したり、花を生けたりするのが好きな感覚に似てるんだろうな。
私がほぼ全く料理ができないのに対して、母と弟がいかに料理が上手かを伝えるために、
「この前も、母がハチノスのイタリア風トマト煮をつくっていてすごく美味しかったし、弟は家にあるものだけでレシピを見ずにカルボナーラをつくって絶賛物だった。」
と以前言っていたことがあったのですが、弟は母とはちょっと違う料理人で、実家暮らしで基本的に母がつくるからつくる必要はないんだけど、
何もないときに仕方なくつくる玉子焼きとか、ハンバーグソースとか、パスタソースが母も目を見張るほど絶品なのです。
(母は残ったものをこっそり味見してます。)
この前も母がオムレツをつくってソースは弟待ちだったのですが、ソースってフライパンでつくるのねorz
ウスターソースとケチャップをまぜているだけだと思っていました。
「美味しい…。どうやってつくってるの?」と聞いても、いつも
「そう?ちょっと甘すぎた(とか薄すぎたとか。)適当につくってるから同じ物はたぶんもうつくれない。」という答えなのです。(実は天才?)
弟とは同じ両親から生まれて育った環境も一緒のはずなのに、どうしてここまで違うんだろう凹
しいて挙げるなら、私が料理に対して適当な味のコメントができる気がします。あと毎日お寿司・手巻き寿司でもいいです。(言ってちょっと凹んだ。)
とりあえず花を生けて掃除したいと思います